アメリカツーリング紀行

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2日目:7月14日(火)曇り

朝7時起床シャワーを浴びて出てくると長老は既に準備を終えていた。
「まささん昨日6時起床って言ったじゃないスかー」
などとブツブツ言いながら、何かやってた。俺は朝が弱いんだよ・・・。
7時45分、部屋を出る、大陸の朝は冷たい。単車に荷物をパッキングしてたら、掃除の中国人のおじさんと長老が何やら話している「お!長老も結構英語喋れんじゃねーか」と思ってたら、驚いたことにそのオジサン、日本語ペラペラ。戦時中日本にいた、というから捕虜か何かだろう。話の途中で俺が「当時の日本はどうでしたか?」と聞くと、ドラマじゃないが、本当に悲しい眼で遠くを見つめながら「あなた達の生まれる、ずっと前の話です」と一言言っただけだった・・・何も言えなかった。

とにかく、結構楽しく話してくれたので、気持ちよく出発することができた。
朝の空気が清々しく、天気は余り良くなかったが、すごく気持ちよかった。 
俺達に道を説明するときに、「信号」という日本語がうまく出てこずに「あの・・信・信号灯ですか・・あれは」と、一生懸命説明していたあの老人の顔を俺は一生忘れないだろう。
№105に入ろうかと思ったが、距離を稼ぐつもりで走りやすそうな№101を選ぶ。

Cosmopolis Raymond Southbendと似たような町が続く、こんなデッカイ国の片隅の小さな町、白人だけの町、人口なんか何百人、日本という国の存在さえも知らないじゃねーか、と本気で思ってしまう。島原も人口4万人くらいいるけど、カナダがどこにあるか知らない奴、、、いる。

途中、早道しようと思い№4を左折、山の中を抜け№401を右折しようとする時、ハプニング、まささん曲がりきれずコースアウト。しかも道路からもはみ出てしまい路側帯まで出る。死ぬかと思った。
カーブの出口が見えないのにもかかわらずナメてかかってしまい、ほとんどノーブレーキで突っ込んだのが敗因らしい、とにかくコケずに無事クリアー。後ろから来た長老が「死んだかと思いましたよー」しかも笑顔で。勝手に殺すな、こんな田舎町でコケたりしたらそれこそ大変だ、まだ二日目なんだから・・・・。

ちなみにネッスルという町だったがコーヒーとは関係ないらしい。でもすごく静かな感じのいい町で、ここだったらしばらく居てもいいな、と思える町だった。

 15分ほど走るとえらく長い橋が見えてきた「おっ! あれがワシントン州とオレゴン州の州境だな」と思いながら橋に入る。橋を渡ってるとき、前のバンから白人の子供が二人、ずっと手を降っているのがすごく可愛かった。ヘルメットを脱いで、俺達が有色人種だとわかっても手を振ってくれるだろうか・・と思うのは心の狭い俺のコンプレックスだろうか・・・。川の向こうにAstoriaが見える、いい天気だったらもっとキレイに見えるんだろうけど。「それにしてもエラく長い橋だな、この橋」と思って測ってたら6kmくらいあった。橋を渡ってオレゴン州入り、(渡橋料金$3)消費税が無い州、というだけで単純に嬉しい、高い州だと8%~13%くらいの消費税がかかるっていうのに・・・。3%(当時)で騒いでいる日本人がメデたく思えた。すぐに街に入り、めし食う場所を探す。

「SEAFOOD&STEAKS」というファミレスっぽい店に入り、ウェイトレスを待ってる間、何気なく店内を見回すと、驚いたことにオリエンタル(東洋系)は俺らだけ、当然のようにジロジロ見られるが気にせず喫煙席に座る。ちなみに長老は眼が戦闘態勢に入ってた。

 店員も珍しそうな目で見ていたが、しばらくすると注文を取りに来た。俺は無難なところでビーフサンドイッチを頼む、長老はエビフライを頼んでた(子供か?)

途中、便意を催してトイレへ。なんと大便用のドアの鍵が壊れている、でも下の空洞のところから足を出して自分の存在を外に知らせながら、うんこ、無事に済ます。席に戻ると長老が「俺も」と言って席を立つ、鍵の件を教えると「あ、はい、わかりました」とか言って行く。しばらくして戻ってくる長老の顔が笑っているので、どうしたのかと聞いて見ると、案の定誰かにドアを開けられたらしい、そん時の長老の一言「エキスキューズ ミー」だって、しかも笑顔で・・・ケツ出してんだから失礼なのな当たり前だっつーの、あれほど俺が足出せって言ったのに出さねぇからだよ。とまぁ、なんだかんだで料理が運ばれてきたら、何と、サンドイッチを頼んだのに、一瞬、カレーライスかと思うほど、パンの上にグレービーソースがかかっていた。 思わずカメラに収める。グレービーソースの味しかしないパン、結局全部は食べれずに残りは長老が食う。この後、ずっと俺が残した食い物は長老の腹に収まることになる。食事をすませ、あの長―い橋をカメラに収め、さぁスタート。
20分ほど走ると、本格的な海岸線沿いの道路になり、憧れの「ウエストコースト」が見られるようになる。途中ガソリンスタンドに寄り、ふと周りを見回すと、SEASIDE SCHOOL SEASIDE BANKSEASIDE LODGEと、何にでもシーサイドという文字がついている。「まったく、いくら海岸線沿いだからって、単純だよなー」と思っていたら、町の名前がSEASIDEだった。まいった。でも街のネーミング自体が単純、という気もする。

以前、四国を一周したとき、いつまでも続く海岸線を見ながら「日本も結構デカイじゃねーか」とか思ってたけど、比じゃねーよ、本当に「アメリカ大陸西の果て」って感じだ。四国の室戸岬に立ったときも、和歌山の先端、潮の岬に立ったときも、太平洋の水平線を見ながら、「この先がアメリカなんだよなー」って思ってた。でも今はその同じ海を見ながら、「この先が日本なんだよなー」

 Seaside Tillamook Lincolncity Newport Yachats Florence・・・似たような感じの街が続く、島原半島で言えば、深江・布津・有家・西有家みたいな感じか・・・(ローカルだな)一つ一つの町を見て、名前を見て、住んでる人々を見て、色んな事を考えた。まだ先住民しか居なかった頃、それもそんなに何世紀も昔のことじゃない、150年くらい前かな、その頃ここはどんな感じだったんだろう、多分1848年か49年のゴールドラッシュあたりだろう、いろんな国からたくさんの人が来て、その頃はまだ家もなく、ただの海岸線沿いの平地だったこの辺りに、それぞれに集落をつくり、どんな気持ちで家を建て、どんな気持ちでその町の名前を決めたのだろうか。まぁ俺なんかがどんなに考えてもわかりゃしないんだろうけど・・・。でもリーバイスのジーンズはいてたことはわかるかな。

とまぁ、どうこうしてるうちにCoosBayという、この辺じゃわりと大きめの町に着く。時間は既に夕方の5時過ぎ、あと二時間、200kmくらい走ったら、宿でも見つけて泊まるかとか思って、とりあえず明るいうちに腹ごしらえ、ということですぐそばにあったマクドナルドに入る(ハンバーガーばっかだな、俺ら・・・)
 ビッグマックを食べながら、ふと昼間会った奴のことを思い出した。そーいえば昼間、海岸線を走ってる時に、風景のすばらしいところがあったので単車を停め、写真なんぞを撮りながら一服していると、超シブいバイク(BMW)に乗った白人が一人やってきて、俺らの横に停めたかと思ったら、気軽に話し掛けてきた。

「どこまでいくんだい?」
「ロス、できればサンディエゴまで行きたい」
「俺もサンディエゴの友達の所まで行くんだ」
よく見ると、そのBMW、俺達と同じBCナンバーだった、世の中には同じようなことを考える奴がいるんだな、これが。「いつ出発したの?」というその白人の質問に俺が「Yesterday」と答えるつもりが間違えて「Tomorrow」と答えてしまい、大笑いされてしまった。横で長老も腹筋がブチ切れるほど笑ってた、また軽―い殺意を覚えた。この後、一時間ほど一緒に走るが、いつのまにか逸れてしまった。でもこの数日後、何百キロも離れたところでこの白人に再会するとは夢にも思わなかった。長老がマックのトレイの上に敷いてある紙を丁寧に折りたたんでタンクバックの中にしまっている、「なにすんだよ、そんなもん?」「こーゆー素朴なモンがお土産にはいいんスよ、ほら、この紙、西海岸中のマックがどこにあるかって、地図書いてあるでしょ、俺はこことここに行ったんだぞーって言えるでしょ?」だって、ちなみに彼のタンクバックの地図を入れるところには彼女と二人で撮った写真が挟んである・・・
ま・・いいけどね・・。
今日は、あと150kmほど先のGoldbeachか、オレゴン州とカリフォルニア州の州境に近いBrookings(200kmほど先)までは行こう、ということでさぁ出発。

もう陽が傾いて来て、もうすぐ夕陽が山に隠れようとしていた。「急ごうか」などと考えてるうちに一つ目の信号で引っかかる、くそー、んで青になって「オリャー」勢いよくスタート。
「キィィィィン」
と、不気味な金属音がしてスピードが急に落ちていった。
「しまったぁぁぁぁぁぁぁ」
わけもわからず、そんな言葉を発しながらオロオロ状態で単車を道路わきに寄せる。
長老もすぐ後ろに停めて「どーしたんスかぁ?」と相変わらず緊張感のない声で近づいてくる。
 最初は以前も外れたことのあるフロントのスプロケットがまた外れたのかと思ったが、よく見るとチェーンが切れているようだった。トグロを巻いたヘビのようにチェーンがフロントのスプロケットに巻きついていた。
「ゲゲッ!何だよコレ?スプロケかと思ったらチェーンが切れてんじゃねーかよ!」マジでシャレにならん・・とか思ってたら、よく見るとチェーンのストッパーが飛んでるだけで、別に切れているわけじゃなかった。
 取れたストッパーを見つけようと道路を探すが、当然ほかの車もいてなかなかうまく探せなかった、長老がさっきのマックの駐車場を探してきてくれるが、ない・・・くそっ。
すぐ横にあったガソリンスタンドの兄ちゃんが「どーしたー?」と聞いてきてくれたので、事情を説明すると、イエローページで一番近いバイク屋に電話してくれたが、もう6時を過ぎていたので不在、仕方なくそのスタンドの隣にあったホームセンターみたいな店に行くがバイクのチェーンは置いてなかった。
「しょーがねーなー・・一服すっか?」
とタバコを吹かしていると、長老がさっきのスタンドの向かいのガススタンドを見ながら「あそこ、単車停まってますけど、単車乗ってる従業員がいるんじゃないスか?」
確かに、そのスタンドにはアメリカンタイプの日本車があった。
「聞いてみっか」
と、道路を渡り、向かいのスタンドに入って聞いて見た。
 すると、一部始終を見ていたらしく
「友達に電話して、スペアを持ってないか聞いて見るよ」
と快く救いの手を差し伸べてくれた。そして4~5人の友達に聞いてみてくれたが、誰も持っておらず、一番近い単車屋(驚いたことに歩いて2~3分のとこだった)の場所を聞いて、その兄ちゃんに礼を言い、そのスタンドを出る。
 ふと長老が自分のバイク、KATANAのチェーンをチェックすると、長老のもない
「ゲゲッ! 俺、こんなんで走ってたんスかぁ?」
俺もだよ!
人間、自分の身に起こって初めてその事の重大さに気付くのだろう。それにしても二人同時に取れるなんておかしい・・盗られたんだろうか?でもこんなもん持っていく奴いるか?嫌がらせか?とにかくこのままでは走れない、またまた運良く、目の前にモーテルがある、そこまで単車を押していきチェックイン。その時フロントのおばちゃんが、
「ずっと見てたよ、バイク、故障かい?」だって
さては・・「ここに来い、来い、ここに泊まれ!」って、ずっと思ってたな?このババァ!それでもこのモーテルがなかったら大変なことになっていたかと思うとおばちゃんに感謝して部屋に入る。

荷物を部屋に運び込み、一服してから、歩いてその単車屋まで行って見る、1ブロック隣だった、なんてラッキーなんだろう。とにかく事をいい方いい方に考えるようにする。これが誰も居ない山の中だったらとんだ事になっていたんだから・・・。
旅は長くなればなるほどトラブルは付き物だし、「旅」という文字の中には「トラブルに出会う」という意味も含まれていると思う。
俺の単車は、チェーンを外してるだからたとえ直結しても乗っていけないのだが「アメリカだからなー」とわけのわからない事を言いながら一応チェーン錠はする。
また長老が部屋の机の引出しに聖書を見つけて「ゲー! またありますよー おっかねー!」だってだから、どこにでもあるんだよ,とか思いながら、寝る。

【本日の走行距離   520km】
明日はがんばってサンフランシスコの近くまで行こう。

【単車回想録(2)】
高校一年の時、友達がゴールドモンキーを買った、当時15万円以上する奴だ。当然みんなでチャリンコでそいつの家に見に行った。
 まだスクーターしか乗ったことの無かった俺だったが、頼み込んで乗せてもらった。がギアチェンジがうまくわからず、回転数をあげたままローに入れてしまい、思いっきりウイリーしてしまった。死ぬほど慌てまくって、叫びまくった挙句、やっと止まった、もうパニック状態になったのを憶えている。
 それでリアフェンダーを擦ってしまい傷だらけになってしまった。金のない俺はスーッと顔の血の気がひいたが、持ち主の彼は新車にもかかわらず「よかよか」と言ってくれた、まぁ少々顔が引きつってはいたが・・・。
それ以来、彼には頭が上がらない。
一度乗ってしまえばこっちのモンで、その次はいきなり750ccに乗った。
俺の家の隣に住んでる人が、当時GPZ750に乗っていて、庭先でその人と単車の話をしているうちに「乗ってみっか?」と言うことになって「オイオイ、ナナハンだぜぇ・・」と思いながらもなんとか乗せてもらった。
軽―くその辺を一周しただけだったし、乗ってるというよりも、単車にしがみついて乗せてもらってる、という感じだったが、本人は大きくステップアップしたような気がして大満足だった、そして偶然にも今俺が乗っている単車と同じなのだ。
「限界ギリギリの走りをしないと上達もしないし、コースも頭に入らない」と、豪語する氏は今GPZ900Rに乗っている。俺もあーゆー大人になりたいと思う。

二日目終わり・・・


  • 101号線を選ぶ

  • ワシントン州とオレゴン州の
    州境の長い橋

  • 一緒に走ったBMW(渋滞中)

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