アメリカツーリング紀行

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3日目:7月15日(水)晴れ

朝9時起床。
今日は単車屋が開くまで、どっちみち待たなければいけないので、ゆっくり寝ることが出来た。
俺の朝のだらしなさに、毎朝ブツブツ言っている長老も今日はさすがに何も言わない。
外は3日目にしてやっと「晴天!」という感じの青空、いい感じだ。
二人で、単車屋まで単車を押していく、長老のは乗ろうと思えば乗れるのだが、律儀につき合ってくれた。昨日、事前にチェックはしていたが、よく見るとその店、ハーレーの専門店だった。
でもま・いっか、ということで入ると、人のよさそうなヒゲだらけのオッサンが出てきて、俺らの単車に合いそうなストッパーを見つけてくれた。
(ちなみにそのオッサン、黒TシャツにGパン、両腕には刺青、顔はヒゲだらけ、といかにも「オラー!俺はハーレー乗りだぞ!」って感じの人だった、もちろん長髪ね)
「俺が直してやってもいいが、工賃が勿体無いなら工具を貸してやるから自分達でやんな」
と、いかにもアメリカ人らしい合理的なそのオッサンの意見を聞き入れ、自分達でやることにする。
少々苦労しながらもチェーンストッパーを取り付け、スペアにもう一個買う、一つ$3二つで税込み6ドル50セント、安いもんだ。
この店に日本人の客が来たのは初めて、ということで俺が「じゃぁ今日は記念日じゃねーか」と、言って無理やり記念写真をとる。何でも最初ってのは嬉しいもんだ。オッサンに礼を言いその店を後にする。
走りながら「へへー 俺の単車はハーレーだぞー ストッパーだけー」

昨日に引き続き、海岸線沿いの同じ様な町が続く。昨日と違うのは休憩や給油の度にチェーンのチェックをすることくらいか・・・。
Denmark PortOrford Goldbeach Brookings と、通り過ぎながら、「くそー、あのアクシデントが無きゃ、昨日この辺まで来てたのになぁー」などと考えてたら、前方に何やらゲートが見えてきて車が並んでいる「なんだー??」とか思っているうちに俺らの番、他の車は何かチェックを受けてたが俺らはフリーパス、何だかよくわからんが、そのまま走る。止められて色々調べられるよりはマシだもんね。 よく考えたらそれが州境、というわけでやっとカリフォルニアに入る。なぜか周りの女の人を見て「ウオー! カリフォルニアの女かぁ・・やっぱ違うよなぁ・・」などと思ったのは俺だけじゃないはずだ。
この辺りから№101が、ちらほらとハイウェイになってるところがあり、かなり走りやすく、距離をかせいだ。
少し山の中に入る。しばらくすると回りが完全に森に囲まれてきた、それもすげぇ大木ばかり、ホントにデカイ!マジデ!樹齢1000年(知らんけどね)くらいあんじゃねーかと思うくらいの奴ばっかり、わけもなく「うーん・・カリフォルニアだよなー・・・」
この辺りがあの有名な「レッドウッドの森」であることは後日知った。世界一高い木もこの森の中にあるらしい、それも114mもあるっていうからスゲェ・・・。
日本に居る時に想像してたカリフォルニアのイメージとは全く別物ですごく興味深かった。カラッとした空気で太陽がサンサンと照りつけるところだとばっかり思っていたが、この辺りはジメジメしてて薄暗かった。ただ大きすぎる木々の間から少しだけ木漏れ日が差し込んでいるだけだった・・・。
途中、まわりが少し開けてきたなー・・というところで前方に数台のハーレーを発見。
「ゲゲッ!ヘルスエンジェルスか??」と思って少しずつスピードを緩める。バンクーバーの友達のピーターが・・

「カリフォルニア辺りじゃ、気をつけないとまだヘルスエンジェルスの奴らがウロウロしてっからな、あいつらを抜いたりした日ぃにゃぁ後ろから追ってきていきなりナイフで脇腹刺してきやがるからな」 なんて真顔で言ってたのを思い出して、そいつらの後ろをしばらく走る、ちなみにピーターはCB900Fに乗ってるタバコの密売人だ。

(カナダはタバコがヤケに高い、一箱5ドル位する、店によって違うが、ホテルのロビーなんかで買ったら7ドルくらいするところもある。それに比べてアメリカじゃ一箱1ドルかそこらだから国境をよく越える奴は検査をうまくごまかして持ち込んで、カナダで売りさばく、大体一箱3ドルくらいで。彼もその一人だ)
少しずつ近づいていき、「ここだっ!」というところで一気に抜く、でも良く見ると単車はハーレーだったけど普通の人達だった。なーんだ・・と思って長老を見るとまた眼が戦闘態勢に入っていた。
目の前が急に開けて、平野が広がり小さな町に着いた。なぜかここで便意を催して、休憩を兼ねて寄る。ここがあの「ビッグフット」で有名な町だとは、お土産屋さんの前にある人形を見るまで知らなかった。そん時、長老がまた真顔でキョロキョロしながら、「どっかからビッグフットが俺らのこと監視してんじゃないスかぁ?」まったく・・・・Orickというこの町の土産屋を物色してる時、長老が何か買った、勿論彼女に。

そしたら、その店員が「アリガトー」だって、こんな小さな町でなー・・うーん・・人口600人くらいだぜぇー・・日本ってホントにメジャーな国なんだなーと改めて思う。
そのお土産屋を出るとき、ふと向かいのガソリンスタンドを見ると、さっき俺達がヘルスエンジェルスと間違えた一行が休憩してた。通り過ぎながら軽く手を振ると、みんな笑顔で手を振ってくれた。

このOrickを過ぎた辺りから本格的にハイウェイが多くなった。ほとんどノンストップで200kmほど走る。途中Myersfratという町で給油。そこを過ぎると陽が傾き始めるが、気にせずガンガン走る。 Leggettという町で101号線と1号線に別れてた、軽―く迷ってスーッと1号線に入る。このことによって後で死ぬ思いをするとは知らずに・・・・。
アメリカの国道ってのは南北に走るのが奇数、東西に走るのが偶数と決まっていて、その数字は一番西にあるのが1号線で、順に3・5・7・・と続いていく、つまりこの1号線ってのは、アメリカ大陸の一番西の端の海岸線を走る道なのだ。ちなみに2号線ってのは一番北を走っていて、東西に抜けている。
この1号線、とんだ喰わせ物で、それはそれはひどい道だった。まるで日本の峠道のように超クネクネカーブコース、おまけに霧は出てくるし、太陽が沈んで暗くなってくるし・・・・サンフランシスコが近くなればなるほど状況は悪化していった、まるで俺らをあの街が拒絶しているかのように・・・。
どのくらい霧の中のワインディングを走っただろうか?狭い道の両脇は高い木に囲まれていて、どんな地形かすら、わからない。ヘルメットのシールドは濡れて見えなくなるし、服はビショ濡れ、オマケに長老の単車はガス欠寸前だ。それでも走るしかなく、ライトが反射して見えない霧の中を「バッカヤロー!」「なんなんだよ!この道は!!」「砂だぁー!」等、ブツクサいいながら走る。
途中、映画のセットのような、廃屋らしき家が何軒か固まっている所があったが無人の町らしかったので素通りする。
地図によると1号線に入ってすぐのところにRockportという町がある・・・
「よし!ここまで行けばガソリンスタンドがあるはずだ」
それだけを頼りに走る。

一時間ほど山の中のカーブだらけの道を走ると、急に寒くなり、すーっと体中の体温が奪われる感覚に襲われた、と思ったら海だった・・・
「やったー!海だー!」ここからは走りやすくなるぜぇ・・とか思って、最初にあった展望台のようになっている駐車場の前に単車を停め、一服する。ふと看板を見ると・・・「WEST PORT UNION LANING S・P」と書いてある。
「あれっ?ロックポートじゃねぇのかよー?」
地図で見ると、WestportはRockportの次の町だった。
「げげっ!ロックポートってもう過ぎてんじゃねーかよ!」
「・・・ということは・・・あの無人の廃屋の町がロックポート・・・」
「うおー!」
「じゃ何か?この先ずっと、こんな町ばっかりかぁー?」
周りを見ても何も無かった・・・。
Rockport Westport Longlenook Cleone・・・この辺りの地名は全部同じ大きさの文字で地図には記してある。すでに陽は落ち、まわりは霧だらけ、とにかく俺も長老も荷物の中からレインウェアを取り出し、着込む。
「とにかく走ろーや、ここにいてもしょうがねーべ」
「そーっスね」
長老の手前、強がってはいたが、正直メットの中で顔が引きつった、こんな霧と風のなかでキャンプなんてとんでもないし、かと言って今来た道を引き返すのはもっと嫌だ。 それから30分ほど霧の中の海岸線沿いを走っただろうか、人口200~300くらいの小さな町がいくつかあったが(町の境界線にある看板に人口が併記されてあるのだ)どこにもスタンドもモーテルもなく、あっても夜遅く、閉まっていた・・・
「マジでやべーな・・」。
急に長老が後ろから猛スピードで追いついてきて横に並んだかと思ったら、左手で必死に自分のバイクのタンクを指差している、近づいて耳をすますと「ガス欠―!!」と叫んでいる、当然のように涙目だ。

単車を停めてリザーブに切り替えた長老は、「リザーブだからあと50kmくらいで止まっちゃいますよー!」と、また涙目で言ってる。
「とにかくスタンドかモーテルがあるとこまで走ろうぜ」ということで、再び走り出す。
寒さが体温を奪い、霧なのか雨なのかわからない水分が視界を奪い、走りにくい道が体力を奪い、それら全部が俺達の気力を奪う・・・。
なんで俺はこんなツライ思いをしてるんだろう?
こんな事して一体なんになるって言うんだろう?
自問の繰り返し、誰に何をどういうふうに認められたいのか、誰のために走るのか、しばらくそんな事を考えながら走った、でも答えが見つからないまま、そんなことはどうでもよくなった、とにかく今、目の前にあるこの雨と道とシールドにつく水滴さえどうにかなれば、それでいいと思った。熱いコーヒーが飲みたい、とだけ考えていた。
その後、20分ほど走ったところにあったCleoneという町でやっと小さなガソリンスタンドとコンビニが一緒になったような店があった、看板の電気は消えていたが、中にまだ人が居る気配がしたので無理やりドアとたたいて入れてもらった。藁にもすがる思いとはこの事だな。
何とかガソリンを入れ、ホットコーヒーを飲む。こんなにおいしいコーヒーは生まれて初めて飲んだ気がした、真剣に涙が出そうだった。
とりあえず一難は去った。だが今夜の寝場所が決まっていない、どーすっかなー・・とか考えていたら長老が、また得意の緊張感のない声で、「まささん、まささん、この町、これ名前、なんて読むんでしょーね?クレオーネですかね?
もしかしたらクローンっていう名前で、この町の人みんなクローン人間なんじゃないスかぁー?」真顔だ・・・
「バッカか!お前は? もっとジョーキョーをハアクしろ!ジョーキョーを!」

さっき決めた通り、最初にあるモーテルかキャンプ場で泊まる、ということで再度出発する相変わらず5~6m先も見えない霧の中、時刻はすでに11時半、疲れと霧の為に10分も走ると休憩しなければならなくなる。
 途中にあった小さな町の、もう閉店した店の前で休憩、ついでに小便、一服する。「まささん、このまま朝まで走っちゃいましょーか?」
「やだ」
サンフランシスコまであと250kmくらい、頑張ればこのまま行けなくも無いが、着いたとしても夜の3時過ぎになる、そんな時間にサンフランシスコをウロウロするのも望ましくないし、第一VACANCY(空室)があるかどうか・・・などと考えながら、相変わらず走りにくい道と戦っていると、PointArenaという町にさしかかる。地図で見るとこの辺りにキャンプ場のマークがある。注意して見ながら走っていると、霧の中にかすかに「24hours」という看板が赤く光っていた。
思わず止まって見てみると、24時間チェックインOKのキャンプ場だった。長老が泣きそうな顔で 「もう、ここに泊まっちゃいましょーよー!」「おめぇ、さっきは朝まで走っちゃいましょーか?なんてぬかしてたじゃねーか!」とは言ったものの、勿論俺もこれ以上走る気はなかった。
一人8ドル、キャンプ場にしては少し高いかな、と思ったが、背に腹は変えられず払う。中に入ると、みんなキャンピングカーの家族連れで、もちろん寝ていた。暗闇の中に浮かぶキャンピングカー達を見ていると、当然の様に「13日の金曜日」を思い出して少しゾッとする。
単車を静かに空いているところに入れて、テントを張る。30分ほどゴソゴソやって、とりあえず寝る。キャンプの時はいつも、小心者の俺は、ちょっとした物音にもビビるもんだが、さすがに今日はそんな余裕もなく、寝た。
あれほど恋焦がれた街、サンフランシスコまであと200キロちょっと、神様はそう簡単には夢を実現させてはくれない。でも明日は晴れてほしい・・・。

【本日の走行距離  630km】
半分はあの霧のワインディング、よく630kmも走ったものだと、自分でも感心した。

【単車回想録(3)】
初めてナナハンに乗って、しばらくしてから友達がGPZ400Fを買った。当然のように乗せてもらう。
夜2時、家のベランダから飛び降りて家を抜け出す。走って2~3分のところでそいつと待ち合わせ。当時俺は免許がなかったから、そんな時間しか思いっきり乗れなかったし、こんな狭い町、どこで誰に会うかわかったもんじゃない。
国道251号線をそいつと交代しながら走る、夜の2時半、こんな田舎町、誰もいやしない、信号は全部無視、普通20分くらいかかるところを5分くらいで着いたから、かなり出てたのだろう。布津町というところにある友達の家の前でエンジンを吹かし、そいつを呼んだ。
今考えると、素直に窓に小石でも投げて呼べばよかったのだろうが・・・・・そいつの家の左手はトンネルになっている、中で曲がっていて逆側の出口は見えない、ふとそのトンネルを見ると、中の壁が赤く光りだした「なんだー?」と思って見てるとトンネルからパトカーが出てきた。急いで単車から飛び降り、ポケットのタバコを草むらに捨てる。
運転席から警官が、後ろの座席から50代のオジサンが降りてきた。
「何してるんだ、こんなところで?」
「いや・・・べつに・・・」
「学生か?」「島原高校です」「家で農業を手伝ってます」
「歳は?」
「16です」
すると後部座席から降りてきたオジサンがいきなり叫びだした、手には1mくらいの棒を持っている。
「お前ら!何考えてんだ、ああー?うるさくて寝れネェんだよ!学生だったら学生の百姓だったら百姓の、やることがあるだろ、やることが!おおー!お前らみたいなのは社会のクズなんだよ!社会のクズ!」 どーもこのオジサンが通報したらしい、今にもその棒で殴りかかってきそうな雰囲気だった、横で警官が必死で「まぁまぁ」となだめていた。
学校から「次は無いぞ」警告を受けていた俺は、「ああー・・退学かぁ・・」くらいにしか思わなかったが、俺達のあーいう行動が単車乗り全員のイメージを悪くしてるんだなぁと今更ながら反省している。でも調書は取られたが、このことは学校には結局バレなかった。
それにしても「社会のクズ」にはマイッタ・・・・。

三日目終わり・・・


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