アメリカツーリング紀行

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6日目:7月18日(土)晴れ

朝11時起床。今日はこの街にもう一泊するからゆっくり寝れた。中休みじゃないが・・。そう言えばエドさん(俺の職場のマネージャー、アフリカ生まれのロンドン育ち、いまはバンクーバーに住んでる、という気のいいイギリス人)が出発前に
「一週間で下って、一日休んで、一週間で上がってくるといいですよ、まささーん」とか言ってたな・・・・。
 目がさめると、長老はベッドの下で寝袋で寝ている、どうしたのかと聞いて見ると、俺のあまりの寝相の悪さに呆れ果てて、下で寝ていたらしい。よく聞いて見ると、ベッドの上で、丁度時計方向に2回転して、そのあと長老の足をすーっと足の指先で撫でたらしい。
我ながらなんて奴だと思った。
とにかく街に出て飯を食う。
日本人以上に世界に進出しているチャイニーズレストランに入る。やっぱり量が多い、色々頼んでいたらウェイトレスに「それじゃ食べきれないから注文減らした方がいい」なんて言われた。こっちの人間がデカいハズだよ。
重たい腹を抱え、街をウロつく。絵葉書を数枚買い込んでモーテルに戻り、すぐに海パンに着替えて、目の前に広がるビーチに走り出す。

長老はずっと横になって焼いていたが、俺は友達を作ろうとウロウロする。でも、どーもうまくいかず、トボトボと海に入り、一人バシャバシャする。
それにしても日本人が少ない。人がたくさんいるところでは、すぐにカワイイ女と日本人を探してしまう、悪いクセだ・・・。
あまり焼けなかったが、とりあえず「休んだ」ということでモーテルに帰り、シャワーを浴び、着替えて、ロスのホテルを予約しようと部屋から電話するが何度掛けても繋がらない。仕方なく外に出て公衆電話からかける。日本人経営の「ホテル東京」をガイド本から選ぶ。情けない話だが、まさかロスで野宿もできない・・・。
再び昨日の「酔心」に行き、昨日と違うメニューを頼んだが、また食えなかった、また長老が残りを食う。
この店、店内をよく見回すと、従業員7~8人のうち日本人は二人だけ。アメリカの西海岸で捕れた魚、カリフォルニアの米、そしてこっちの人間がそれを料理する。ホントの日本料理ってなんだろう?
ここちよい西海岸の夜風に吹かれながら街をウロつき、丁度あったBARに入り、ビールを飲みながらビリヤード勝負をする。3回やって3回とも長老に負ける・・・マジで悔しい。(ちなみに彼はCICのビリヤード部の部長である)
それにしてもこの街の美しさにはびっくりした。治安もいい。俗に浮浪者と呼ばれている人達にも明るい雰囲気があり、気軽に話せる。最初は「小銭持ってない?」とか聞いてくるけど「ないんだ、ごめん」と言うと「日本人か?どーだい、この街は?」と言ってくれる、彼ら独特の暗さがない。西海岸特有の明るさがこんなとこにも、あった。

今日一日、結構ウロウロしたが、とにかく日本人が少ない。2~3人しか会わなかった。
この街だったら他の都市のように、日本人ばかり固まって、他の国の人から変な目で見られることもないだろう。本気で英語の勉強がしたい人や、日本人から離れるのが目的の人には最適かもしれない・・・。

【本日の走行距離 3km(ちょい街乗りした)】

【単車回想録(5)】
初めて高速道路を使ったツーリングと言えば、21歳の時。御盆の帰省で大阪から島原に帰るとき。単車はSR400でGジャンにGパン、メットは半キャップにゴーグルという普段着に毛の生えたような装備だった。
高速の入り口のゲートですごく緊張したのを憶えている。それでも700~800kmくらいだから、時速100kmで8時間くらいかな、と結構安易に考えていた(実際には12時間以上かかったが・・・)
この時初めて、高速ツーリングには半キャップゴーグルではダメだということを痛感した。虫が当たるとムチャクチャ痛いし、トラックの横は小石がガンガン飛んで来るし、しまいにゃ雨に降られて悲鳴をあげた。しょうがないから昔の銀行強盗みたいに口と鼻のところにバンダナを巻いて走ったらバンダナが雨を吸って息ができなくなってしまい、エライ目にあった。
マジで死ぬかと思った。
この後、当時同じ職場だった川原さんという人に貰ったシールド付きジェットヘルを使うようになる。

六日目終わり・・・


  • サンタバーバラの醜い裸の二人

  • SRの頃、甥っ子と

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