アメリカツーリング紀行

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8日目:7月20日(月)晴れ

朝10時起床、いつものように長老はすでに起きていた。
またブツブツいってる、でも、もう気にしない。
ホテルは12時までにチェックアウトすればいいから、ということで、それまで市内(と言ってもダウンタウンのホンの一部だが)を少しウロウロすることにする。
「そー言えば、俺の友達が、ロスには牛丼の吉野家があるって言ってましたよ」
「マジかよー・・・そこまでやるかぁ・・日本人」
先日のロスでの暴動の跡を見たいなぁ、と少しビビりながら思ってた。
15分ほど歩くと、ビルがたくさん並んでいるところがあった。このうち幾つが日本人の所有で、そのうち幾つがバブルの崩壊で焦げ付いてるのか・・・・。
とてもビジネス街と呼べるシロモノではなかった。歩いている人はほとんどが黒人、それも汚い格好をしている、すれ違うたびにジロジロ見られる。どうも観光客が来るようなストリートではないらしい・・。
それでも気にせず「そうだよ、俺らは観光客じゃねぇよ」と思いながら歩き回る。この辺にある店と言ったら、うさん臭い古着屋、中古の電気屋、ガラスにヒビの入っているカフェ、「掃除、したことあんのか?」と思ってしまうレストラン、ニセモノだらけの時計屋、道路脇はゴミだらけ、テレビで見るような華やかなロスなんてどこにもなかった。
ビバリーヒルズ、ロングビーチ、ハリウッド、なんかとは全く違う。もしかしたら、これが本当のロスかもしれない・・。
角を曲がる、一瞬足が止まる、サーッと血の気がひく、すぐに引き返すのもいけないような気がして再び歩き始める、そのストリートの両脇には何百人もの浮浪者がタムロしていた。

ある者は数人で話し込んで、ある者は寝ころんでた、物を売ってる奴もいた・・・・・。とにかく、何かが壊れていた。
みんなが俺達をジロジロ見た。俺達もそんなにキレイな格好をしてるわけじゃなかったが、とりあえずヒゲはちゃんと剃ってるし、爪も伸びてない、風呂にだって一応入ってるし、服だって破れてはいない、靴だって左右同じだし、髪だってちゃんと切ってる。ここでは俺達は、あきらかに「異常な」存在だった。
教会の前に行列ができていた、フリーフードを待っているのだろう。どんな本を読むよりも彼らの虚ろな目つきと汚い爪を見たほうが、俺にはショックだった。
長老の目が戦闘態勢に入っていたのは言うまでもない。
リトルトーキョーだってこの辺にある、その昔、この国に流れてきた日本人も、華やかな場所から離れたこの辺りに追いやられて、そこに自分達の居場所を作ったのかも知れない・・・すぐ近くにリトルイタリーもある。
 道路脇に転がっている浮浪者達と横目にブラブラ歩く。彼らは一体何の為に生まれてきたのだろうか?親兄弟はどうしてるんだろうか?小学生の頃は何になりたかったのだろうか?こんなことは無知な日本人の狭い常識から出る愚かな疑問だということはわかっていても正直そう思った。
結局吉野屋は見つからず、リトルトーキョーに戻る。
「MITSURU」という名のレストランがあった。その店のただならぬ雰囲気とメニューの豊富さ、店のシブさに感動して、というのは全部嘘で、ただ単に俺のオヤジの名前が「満」というだけの理由でその店に入る。

そこでラーメンを食べ、オバちゃんと少し話しして出る。もちろんオヤジに送る写真を撮ることも忘れない。11時55分、ギリギリでチェックアウトして、さぁ出発。
これからはバンクーバーを目指して走るのだ。
来る時迷ったんだから、もちろん5号線にどうやって戻るかなんて、さっぱりわからない。20分ほどウロウロする。相変わらず回りは怪しい奴がゴロゴロしてる。裏道なんかに入ったらもうビビりまくり、恐そうな兄ちゃんばっかりだ。日本だったら恐そうな人がいても、目を合わせないようにして、心の中で「やべぇ」って思うくらいだけど。こっちだと恐そうな人が近づいてでも来た日ぃにゃぁ「マジかよオイ!ジョーダンじゃねぇぞぉ!」になってしまう。本当に冗談じゃないからだ。
やっとのことで5号線の入り口を見つけ、入り口んとこにあったスタンドでまず給油。何度入れても安い。
いつもの如く、少しずつ分岐点や標識が少なくなってきたな、と思ったらもう市外だった。ゆるやかなカーブや山が多くなってきた。ロサンジェルス平野を囲む山地に入ったのだろう。
俺のKZも長老のKATANAも快調だ。
二人のチェーンと長老のクラッチワイヤーを除けば心配事はない・・・って結構あるな。
しかも昨日辺りから長老のリアタイヤの溝がなくなってきている。
相変わらず風景は西部劇のようで、やっぱり暑い。その暑い中を気持ちよく走っていたら、何もないようなところで少しずつ渋滞してきた。なんだー?とか思っているうちに大渋滞になってきやがった。10分もすると完全に流れが止まってしまった。アメリカ・カナダでは単車も自動車と同じようにみなされているから「すり抜け」は出来ない。

路肩をスイスイ走りたい衝動を必死に押さえながら、車と同じようにノロノロ走っては止まり、また少し走っては止まる、を繰り返していた。すると俺達の横をハーレーに乗ったヒゲのオッサンが「ドッドッドッ」と、平気な顔ですり抜けていった。5秒ほどボーッとそのオッサンの背中を見ていたが、ふと長老の方を見ると、エサを待つヒナ鳥のような目で俺を見ていた。二人で意味もなく頷き合うと、俺達もそそくさと路肩にでてすり抜けた。
雨・風・日差し・虫・その他いろいろ我慢してるんだからこれくらいの特権はあってもいいんじゃねーか?(ちなみに英語でも路肩のことをロードショルダーという。多分、英語の方が先にあったんだとは思うけど)
 15kmほど渋滞の中をすり抜けただろうか、前方に山が見えてきた、煙が上がっている・・どうも山火事らしいな・・・。メットの中で呟く。
山の手前のフリーウェイ出口辺りで警官がバリケードを作り「この出口から出ろ」という看板をだしていた。その先は道の両脇が燃えていた。
「なんだよーどーすんだよ。これからぁ・・回り道なんて知らねぇぞぉ」
とにかくこの先、しばらくフリーウェイは使えないんだから、仕方なく、このCastaicという町の出口で降り、すぐそこにあったストアーでミネラルウォーターを買う、長老はコーラを買った。
そのストアーの横に単車を寄せ、地図を広げる。それにしても暑い!長い渋滞でオーバーヒートした車が何台かいた。やっと渋滞から抜け出した人々は、目の前にあるこのストアーでみんな買い物していた。思わぬ大混雑で店の人も大忙しだ、もしかしたらこのストアーの店長があの山に放火したんじゃねーか?とマジで思った。

地図で見ると、この町から北東に向けて細い道が抜けている、それは州道138号線に繋がる。その138号線を西に曲がると、Gormanという町で再びフリーウェイに、つまりこの山火事の向こう側に出ることになる。あくまでも地図の上では、だ・・・。
とにかくこんな所で山火事がおさまるのを待っててもラチがあかない。飲みかけのミネラルウォーターのボトルを荷物の間に挟み込み、エンジンをかける、が・・・この町からは、大きな4車線の道と小さな2車線の道と、二つが出ていた。
どっちが138号線に抜ける道だろうか?
左へ行くと大きい4車線の道、右へ行くと中くらいの2車線の道、右手の山の方へと伸びている。わからん・・・
方位磁石を取り出す(ちなみにこれを使ったのはこれが最初で最後だった)。右側の狭い道路の方が北東だった、単純に北東、というだけでそっちに行くことにする。
俺のこの軽-い判断で、俺はともかく長老は、後で泣く思いをすることになるのだ・・・。

わりと大きなダムが左手に広がっていた、ボートに乗ったり、日光浴をしたりしてる人がたくさん居た。その隣の山じゃ火事だってぇのに、のん気なもんだ。
今まで直線ばかりのフリーウェイを走っていたのでこの山道は楽しく走れた。木のない山の間をぬって走る。道は広くはないがよく整備されていた。ときどき背の低い木がポツポツとある。
昔映画でみたテキサスの山の中って感じだ、暑い!眩しい!
しばらくすると川沿いの谷間を走る道になってきた。道幅もどんどん狭くなってきて、ちょっと不安になってきた。地図によるとCottonWoodという町で右からくる道と合流し、それを道なりに左に行ってしばらく行くとStandbergという町で138号線にぶつかる、それを左折すると、Gormanという町でフリーウェイ№5に戻れるはずなのだ!・・・地図ではね。

車のほとんど居ない谷間の山道を30分ほど走る。走り自体は楽しく走れたが、心のどっかに引っかかるものがあって完全にはのめり込めなかった。「ホントにこの道でいいのかよ?」気持ちいい風景を見ながらも、横目で標識を探す。
長老はその頃、俺の荷物からフッ飛んだミネラルウォーターの水を浴びて、「雨か?」って思ったらしい・・・。カンカン照りだっつーの。
家一軒なかった谷間のコースから、少し高台になったかな、というところで小さな町がありそこで右から来る道と合流した。「これか?!」少しスピードを緩めると、その合流地点に、「←№138」と書いた標識が立っていた。
「よーし!これ左に行ったら138にぶつかるぞぉ!」
間違ってなかったんだ。元気が出て、ついでにスピードも上がる。
精神的なものもあったかも知れないが、それからの風景は本当に最高だった。特に138号線にぶつかる所が見えた瞬間の風景は各別だった。遥か彼方に山が連なり、その山に向かって道が一直線に伸びていて、周りはもちろん地平線だ。
山に放火した店長に、じゃなくて神様に心から感謝した。
「ここは写真撮らなきゃ一生後悔するー!!」と思い、単車を停める為に道路脇の砂地に乗り込んだ。それが間違いの元だった、思ったよりスピードが落ちてなく40~50km/hのスピードでその砂地に入り込んだもんだから、さぁ大変!ケツは振られるわハンドルは取られるわでもう転倒寸前、急ハンドルや急ブレーキをかけたら転倒するのは目に見えてたから、20mほど砂煙を上げながら何とか耐え、序々にスピードを落としていって、やっとの思いでアスファルトのところに戻り、ゼェゼェ言いながらスタンドを立てる、汗がダーッと出てくる。

「くそー・・長老の奴、後ろで笑ってやがるんだろーなー」と思うと余計腹が立ってきた、
店長を、いや山火事を恨んだ。くそっ!あいつも同じ目にでも会ってりゃいいのに、と思いバックミラーを見るとコケてた・・・。
んで、倒れた単車を必死で起こそうとしていた。なんて期待に応えてくれる奴だんだろう。
急いで走っていって起こすのを手伝ってやる。荷物を積んだ1100ccのビッグバイクの上に砂地だから起こしにくい。
「いやぁ、まささんがコケそうになってるの見て笑ってたら自分がコケてましたよー」と涙目、正直「ザマミロ」と思った。
幸い、ほとんど立ちゴケに近い状態だったのでウインカーが少しカウルにのめり込んだだけですんだ。
後ろから来た車が止まって、中の家族が心配そうにこっちを見ていたからニッコリ笑って頷いて見せると安心したように向こうもニッコリ笑って走り出した。
ま・なんにしても大事に至らなくてよかったよかった。 №138らしき道とクロスするところに「STANDBERG」と書いてある。
間違いない、この道でよかったんだ。改めてカメラを取り出し、単車とその後ろに広がる素晴らしい風景を写す。
世の中、この地球上には、こんなに素晴らしい風景があるのだ。アメリカに来て良かったと、改めて思った。世界中にはもっとたくさん、もっと素晴らしい風景があるだろう、そのうちのいくつの風景を俺は見ることが出来るのだろうか。どれだけ俺は感動することができるのだろうか、どれだけの風景を知らないままに俺は死んでいくのだろうか・・・・。

土に、風に、雨に、太陽に、そしてこの大地に感謝した。
それぞれがそれぞれの存在の意味を忘れずに自然の法則を守り、何百年・何千年という長い年月をかけて、これだけの芸術をつくってくれた。
逆に人間が考え出したものと言えば、この素晴らしい風景をボタン一つで破壊するものだ。そんなくだらない事を考えながら10分ほど、このサンドバーグでボーッとする。
ちょっと考え過ぎかもしれないが、この風景が宇宙の法則の一貫だとすれば、それを破壊するかもしれない人類の文明というものは、その法則に反するものなのだろうか? もしかしたら破壊へと突き進んでいる今の人類の行動が進化し続ける宇宙のプランの一つだとすれば、人類はこのまま破滅へと突き進んでいくことになる。なぜなら、宇宙の進化は止まらないからだ。
とにかく、このすばらしい風景を見せてくれた、土に、水に、空気に、太陽に、そしてあの店長に感謝した。
長老の方をふと見ると、立ちゴケのショックと恥ずかしさからまだ立ち直ってないようで、カウルにのめり込んだウインカーを必死で引っ張っていた。
それぞれ色んな事を考えながらタバコをもみ消し、また、もう何十時間座ったか知れない、単車のシートにまたがった。

今度は自信を持って、138号線を走る。
すぐに長い直線に入る。とたんに右からの強風に煽られる、強風にフラフラしながらも、少しでもこの風景を目に焼き付けようとキョロキョロする。日本の物の2倍くらい高さのある電柱がいつまでも続いている。
 右手には家もないのに郵便受けが5つほど並んでいる、遠くを見ると200mほど向こうに家がポツンと建っている、あの家の郵便受けか?毎朝ここまで新聞とか牛乳とかを取りにくるのか?マジかオイ。
強風に耐えながら5分ほど走ると左手に大きな地割れの後があった、そういえば、この一ヶ月間、1~2週間に一回の割合で大きな地震がこのカリフォルニアを襲っている。よく考えたら、地震と暴動で一番大変なときに来たのである。よくここまで何もなく来れたもんだ。

Gormanまでは割とすぐ着いた。再び№5に入り、気合を入れて130~140km/hくらいのペースで北へ向けてブッ飛ばす。暑さも少しずつ和らいできた。
WheelerRidgeという町で99号線と枝分かれしていた。どっちを走っても平行して北へ向かうのだが、せっかくここまで5号線で来たんだから、と5号線を選ぶ。今まで二者択一を迫られたときは失敗することが多かったが、この選択は正しかったと思う。
OldRiver ButtonWillow LostHills KettlemanCity SantaNela Newman これらの町を通り過ぎる約400kmの間、まったくと言っていいほどカーブがなかった。
本物の地平線に伸びる直線、って奴だな。

「コレだよ、コレ!これが見たくて来たんだよ、おい!」
メットの中で一人叫ぶ。
地平線に向かって走る自分を何百回、何千回想像しただろうか?夢を現実のものとした時の充実感、満足感。頭が真っ白になったスーッと肩の力が抜けていくような気持ちになった
最初に俺が「アメリカ行って地平線に向かってバイクで走る!」
いくら中学生とは言え、一体何人の人が信じてくれただろうか?
多分、俺自身、信じてなかったかも知れない・・・・
ずっと昔から、もっと遠くに行きたいと思っていた
あの山の向こうには何があるんだろうか?といつも思っていた
もっと遠くに行けば、もっと大きくなれると思っていた
そしてこんな地球の裏側みたいなとこにまで来てしまった
果たして何かが変わったんだろうか?
一つ言えるのは、今まで日本脱出を中心に回っていた俺の頭の中がスッとしたことだ、吹っ切れたことだ。
次のステップに行けそうな気がした。
階段を一つ上るのに五年もかかってしまった。

「生まれて初めて、本当の地平線を見た、何時間走っても直線が続いた。
生まれて初めて、本当の夕陽の色は紫色だということを知った。
紫色の空の下、強風にハンドルを取られながら、ふと、でも本心からもし、ビザがこれ以上おりなかったら日本に帰ってもいいや、と思ったなぜかわからないが、そう思ったのだ。」(日記より抜粋)

陽が半分暮れかけたところで、一服しようと思い、Pattersonという町の近くのレストエリアで休憩。単車を停め、タバコを吸ってると、白人の中年女性が二人近寄ってきて「ガソリン代ないから、ちょっと金貸してくれない?」と言ってきた。
かわいい女の子だったら迷わず貸すんだろうけど、ガラの悪い太った中年女だったんで、俺が「すんません、俺ら、英語よくわかんないんですよー」と戸惑ってみせると、その女、親指と人差し指を擦り合わせるゼスチャーをしながら一言、「マネー!」とか言ってきやがった、このアマァ!下手にでてりゃつけ上がりやがって!と思ったが、5メートルほど後ろにそいつらの仲間らしき男が立っていてこっちを見ていたから 「すんませーん カードで旅してるもんですからぁ、現金ないッスよー」情けねーなんとか二人は立ち去ってくれた。それにしてもあいつら良くあんな事できるよなぁ、俺だったら自分の国に来てる外国人にあんな事、恥ずかしくて、よう言わんわ。でもまぁ、誰が外国人で誰がこの国の人かはわかりにくいわな、確かに。
そんなことを考えながらタバコを吸ってると、長老が「ねぇねぇまささん、パターソンってあのUFOで有名なパターソン空軍基地の近くですよねぇーもしかしたらどっかからUFOが俺らのこと、見張ってるんじゃないスかぁ?」と真顔で空をキョロキョロと見上げている。

「バッカかお前?何でこれだけたくさん人がいるのに俺らだけ見張るんだよ?」
「いや・・・だって・・俺ら日本人だし・・・・」
頭痛くなってきた。パターソンを過ぎたあたりから、完全に陽が沈んだが真っ直ぐだから走りやすい。そろそろ宿でもさがすか・・・。
30分ほど闇の中を走るが、町ひとつありゃしない、地図で見ると結構ゴミゴミしてて、町の名前もいくつか書いてあるんだけど、周りは全くの暗闇、遥か彼方に灯りがポツポツ見える。
あと100kmほどでサクラメントに着くはずなんだけど、空腹と疲労、それにガスもなくなってきた。そろそろ適当な町ないかなー、と思っていた矢先、前方に光の群れが見えてきた、街だ。アクセルを開ける、右手に空港らしい光の行列も見える。サンフランシスコのほぼ真東にあるストックトンだった。
ハイウェイと言っても日本の高速道路みたいにずっと電灯があるわけじゃないので、気をつけて出口を探す。丁度バーガーキングの看板の上に出口がある、その斜め前にはホリディインもある、小さい町だったが寝るところと食うところがありゃ十分だ。
 すぐホリディインに入りチェックイン。この辺から俺は完全に無一文に近い状態になる。このあと二日間、ほとんど長老の世話になることになる。あー情けない。
すぐにバーガーキングに行き、店の奥の方にいるメキシカンのグループにビビりながらハンバーガーとコーヒーを流し込み、モーテルに帰る。
さすがに疲れていたのだろう、すぐに寝る(ニュースで山火事のことを報じてた)

【本日の走行距離 607km】

八日目終わり・・・


  • 138号線との交差点

  • 長い直線の横に広がる広大な牧場

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